『プリティ・ベビー』
【 STORY 】
1910年代のニューオーリンズ。大きな赤線地区にある高級娼館で生まれ育った、娼婦の娘・ヴァイオレットは、娼婦の写真を撮りに訪れた写真家・べロックと出会う。
決して娼婦を買おうとはせず、ただ写真を撮り続けるベロックに興味を持つヴァイオレット。やがてヴァイオレットの処女は400ドルで競り落とされ、“一人前の娼婦”としての生活が始まり、母親はヴァイオレットを「妹だ」と偽ったまま客と結婚し、ヴァイオレットを置いてセントルイスに旅立ってしまう。
そんなある日、娼館の女主人に折檻されたヴァイオレットは、その仕打ちに憤慨して、ベロックの家に押しかけるのだった――
フランスの巨匠ルイ・マルのアメリカ進出後初監督作品。
STORYの字面だけを追うと、悲痛でセンチメンタリズムに彩られた退廃的な映画を想像しますが、映画全体からは大らかで朗らかな印象すら受けました。
映像と音楽、どこかルノワールの風俗画のようですらある娼館の佇まい、男女の性を熟知していながらも純真無垢なヴァイオレットの様子には、もちろん愛惜が漂って美しいのですが、観ていて、痛ましさよりは舞台である娼館へのノスタルジックな憧れが募る映画でした。
ルイ・マルが意図したのはロリータイズムの感傷ではなかったかも知れませんが。観る方次第で様々に形を変える映画でもある、と思います。
ブルック・シールズ演じるヴァイオレットの奔放で気紛れな無垢さによる残酷さも、実にリアリティのある「少女」なのですが、これが「まとまりがなく焦点が定まらない」と感じられる方も多いでしょうし、「そこが敢えての問題提起なのだ」と受け取ることも出来るでしょう。
少女と、少女と愛し合った大人の男との間には、この映画のような別れが必ず用意されていて、ナボコフの『ロリータ』やサラ・ムーンの『ミシシッピー・ワン』(ロリータの恋愛物、ではないのですが)のラストシーンも思い出されました。
少女と大人の男との恋愛には、ひとりで夢から覚めるように立ち去る少女の姿が欲しい。秀逸なラストシーン。
それにつけても、この映画、今ではもう撮れませんよね。当時も大変センセーショナルだったでしょうけれど。
1978年スティンカーズ最悪映画賞の、【最悪の主演女優】部門&【最も苛立たしいインチキな言葉づかい(女性)】部門に、ブルック・シールズがノミネートされたみたい…

でも、ブルック・シールズの美しさと奔放さが非常に素晴らしい映画ですよ〜。
この後、ブルック・シールズの美貌はどんどんある種醜悪な方向に向かいますから、この映画の中に真空パック保存された一瞬の美の凄まじさも痛感するのです。
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あんまり部屋を好きに飾れなくてしょんぼりなんだけど、壁の一部分だけ、ちょこっと飾ることにしました
)やネックレスを留めて…。



)。


昨夜観た映画↓

